ほほえむ魚 − 絵本作家ジミー・リャオ
2008 / 06 / 06 ( Fri ) この間、NHKのドキュメンタリーで紹介されていた、絵本とその作家。
そのときは時間がなかったので、気になって名前だけをメモしておいた。 ジミー・リャオ(幾米)。 台湾が誇る絵本作家で、大人の絵本ブームを巻き起こした人なんだって。 番組の中で、深い青が大部分を占める絵が大写しになっていて、それに続く、そのときはさびしい気分だったので青で描いた、というような本人のコメントが印象に残っている。 まさにそういうイメージの絵。 大人っぽい、都会っぽい、「ひとりぼっち」と、だからこそ貴重に感じられるつながり。 とても洗練されているのに、ほんわりとした絵。 「きみのいたとき、いないとき」といった、彼の絵本のタイトルだけからでも、そういった雰囲気が感じとれる。 代表作のひとつ「ほほえむ魚(微笑的魚:A fish with a smile)」が2005年にアニメ化されているというので、You tubeで探して、見てみた。 ・・・とても素敵。オーソドックスに、素敵。 ツボです。 ジミー・リャオについてのmore info |
ガブリエル・バンサンの絵本
2008 / 04 / 23 ( Wed ) ガブリエル・バンサンの絵本が好きだ。
小さな胸がはちきれるようなその切なさを、知っている。 中でも好きなのは、『テディ・ベアのおいしゃさん』。 でも、単に好きといってしまっていいのか。背表紙の透明に冴えた青そのままに、あまりに切ない。 淡くクリアな色遣い、消え入るような余白、緻密で繊細なデッサンといい、もう完璧。 登場するのは、捨てられ、あるいは事故で、それぞれの事情で、持ち主と離れてしまったぬいぐるみたち。 彼らの科白が、かつて愛された記憶を語る。 そのダイアローグは、なんのてらいなく、かぎりなく純度が高い。 日本語版が手元にないので文章を紹介できないけれど、見かけたらぜひ手にとってみてほしい。 ベアたちの、その孤独は、ひんやりと深い。 子供が読むには、哀しみ深すぎる気もするけれど、でもたしかに子供の頃って、ぬいぐるみたちに対してさえ、こんなふうに抜き差しならない愛で、胸がはちきれそうだったはずだ。 そう、抜き差しならない。 そこにはいつだって、いなくなってしまう予感が、甘く不吉につきまとっている。 スケッチ風のサイレント絵本『アン・ジュール』の悲しみは、さらにラディカルだ。 ある日、突然に、捨てられた犬。その絶望が、寡黙に、しかし余すことなく、荒々しく伝わってくる。 テディ・ベアにしても犬にしても、最後に新たな出会い、新たな愛情が用意されていて、だからこそ世界を悲観することはないのだけど。 それでも、幸せな記憶は、つねにそれ自体に喪失の予感をはらみ、甘いくらいに哀しい、という子供時代に痛烈に得てしまう観照を、大人になってもあざやかに描きだせるバンサンは、ものすごく純粋な人なのだろう。 くまのアーネストおじさんとねずみのセレスティーヌのシリーズは、もっとほのぼのとした、愛情と安心に満ちた世界。 とろとろの上質のはちみつのような愛情に包まれた子供時代は、それだけで喪失の予感に胸をしめつけられるけれど、その分孤独にあっても前に進む力をくれるのだと思う。 そういうことを教えてくれる絵本。
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